目次

1. IAS 36の使用価値要件 2. 計算手順の全体像 3. 実例:田中製鋼株式会社 4. 監査上の実務チェックリスト 5. よくある間違い 6. 関連コンテンツ

IAS 36の使用価値要件

定義と使う場面

IAS 36.6は使用価値を「資産の継続的使用および使用終了時の処分から生じると予想される将来キャッシュフローの現在価値」と定義している。減損テストで回収可能価額を決定する際の選択肢は2つ。使用価値か、公正価値から売却費用控除額か。市場価格が入手困難な製造設備や専門資産では、使用価値計算が実質的に唯一の手段になる。

使用価値計算に含める要素は4つ(IAS 36.31)。(a) 将来キャッシュフローの見積り、(b) キャッシュフローの時期・金額の変動に対する期待、(c) 資産固有のリスクを反映した割引率、(d) 資産の流動性に関する要因。経営者にとっては複雑だが、監査人にとっては各要素の妥当性を個別に検証できる構造になっている。

将来キャッシュフロー予測の制約

IAS 36.33が定める制約は見落とせない。将来キャッシュフロー予測は経営者が承認した最新の財務予算・予測に基づかなければならず、予算期間は原則5年を超えない。それより長期の予測には定率の成長率を使う。監査人は経営者の予算プロセスの信頼性から検証する必要がある、という構造になっている。

含めてはならないキャッシュフローも明確に線引きされている(IAS 36.44)。将来の事業再構築費用、資産の改良・拡張によるキャッシュフロー増加、財務活動からのキャッシュフロー、法人税の支払・還付の4つ。CPAAOBの検査でもこれらを誤って含めているケースは頻繁に指摘を受ける。

計算手順の全体像

CGU(キャッシュ・ジェネレーティング・ユニット)の識別

IAS 36.6はCGUを「他の資産または資産グループのキャッシュフローからおおむね独立したキャッシュフローを生み出す識別可能な資産グループのうち最小のもの」と定義している。製造業では生産ラインごと、小売業では店舗ごとに設定されることが多い。

範囲設定の広さが減損金額に直接影響する。範囲が広すぎると他の好調な資産が減損を吸収し、狭すぎると過大な減損が計上される。IAS 36.70は一度決定したCGUの構成を毎期継続適用するよう求めており、初年度の判断が以降の全期間を拘束する。

将来キャッシュフローの見積り

IAS 36.33に基づき、経営者承認済みの予算・予測から税引前キャッシュフローを抽出する。予算が5年超の場合、5年目以降は定率成長率を使用する。成長率はIAS 36.36により、資産が属する国・市場の長期平均成長率を超えてはならない。日本では名目GDP成長率(概ね1-2%)が参考値。

含めるのは、現在の資産状態から生じるキャッシュフローのみ。将来の設備投資や事業再構築の効果は除外する。ただし現在の資産を維持するために必要な設備投資(維持CAPEX)は含める。

割引率の構成と決定

割引率の決定方法はA15項からA21項に規定がある。税引前キャッシュフローには税引前の割引率が必要。税引後の割引率から逆算するか、類似企業の税引前WACCを参照する。

無リスク金利(10年国債利回り)、株式リスクプレミアム、規模プレミアム、当該資産固有のリスクプレミアムを積み上げる。日本では10年国債利回り約1%、市場リスクプレミアム6-8%が一般的で、資産固有リスクは業種・規模・地域・競争状況で調整する。ここの調整幅が大きいから、監査人の判断が問われる箇所でもある。

現在価値の計算

各年度のキャッシュフローを割引率で現在価値に割り引く。継続価値がある場合、最終年度以降の定率成長キャッシュフローを継続価値として算定し、同様に現在価値へ換算する。算式はこうなる。

継続価値 = 最終年度CF × (1+成長率) / (割引率 - 成長率)

減損の判定と配分

使用価値と帳簿価額を比較し、帳簿価額が使用価値を上回る場合は減損損失を認識する。IAS 36.104は配分の順序を規定している。まずのれんに配分。次に各資産の帳簿価額に比例配分する。ただし各資産の帳簿価額は、個別に算定可能な公正価値から売却費用控除額とゼロのいずれか高い方を下回ってはならない。

実例:田中製鋼株式会社

田中製鋼株式会社は埼玉県に鋼管製造設備を保有している。帳簿価額は850百万円。近隣の同種設備の売却事例が少なく、公正価値から売却費用控除額の信頼性ある測定が困難なため、使用価値による減損テストを実施する。

財務データ

- 設備帳簿価額:850百万円 - 設備の残存耐用年数:8年 - 直近3年間の営業キャッシュフロー:年平均95百万円 - 経営者承認予算期間:5年間

CGUの識別

この鋼管製造設備は他の製品ラインから独立してキャッシュフローを生成する。専用の顧客基盤と独立した売価設定権を有しており、IAS 36.68に基づき単一のCGUとして識別。

将来キャッシュフローの見積り

経営者の5年予算から税引前営業キャッシュフローを抽出した。

年度営業CF(百万円)根拠
1年目98直近実績95百万円 × 既契約増加率3%
2年目102原材料価格上昇の価格転嫁効果
3年目105安定的な需要成長
4年目108同上
5年目110同上

予算数値は取締役会承認済み。6年目以降の成長率は日本の名目GDP成長率1.5%を適用(IAS 36.36準拠)。

6年目以降の継続価値 = 110 × 1.015 / (0.08 - 0.015) = 1,717百万円

割引率の決定

- 10年国債利回り(無リスク利子率):1.0% - 市場リスクプレミアム:7.0% - 資産固有リスクプレミアム:0.5%(製造業、中規模) - 税引前割引率:8.0%

類似上場企業3社のWACCは6.2-7.8%。税引前調整後8.0%は合理的範囲内にある。

現在価値計算

年度CF(百万円)現在価値係数現在価値(百万円)
1年目980.92691
2年目1020.85787
3年目1050.79483
4年目1080.73579
5年目1100.68175
継続価値1,7170.6811,169
合計使用価値1,584

使用価値1,584百万円は帳簿価額850百万円を上回る。減損損失は計上しない。継続価値の成長率1.5%は保守的で、ここで審査から突き返されるリスクは低い。

監査上の実務チェックリスト

1. CGUの識別妥当性を確認する。IAS 36.68-72に基づき、キャッシュフローの独立性と最小単位の原則を満たすか検証。

2. 経営者予算の承認プロセスを確認する。取締役会議事録で予算承認と前提条件の合理性を裏付ける。

3. 将来キャッシュフローから除外項目をチェックする。IAS 36.44の除外項目(再構築費用、改良投資効果、財務CF、税金CF)が除外されているか。SALYで前期の除外漏れをそのまま引き継いでいないかも含めて検証。

4. 成長率の妥当性を市場データと比較する。長期成長率が当該国・業界の長期平均を超えていないか、客観的指標と突き合わせる。

5. 割引率の構成要素を独立して検証する。無リスク利子率、株式リスクプレミアム、規模プレミアム、固有リスクの各要素を外部データソースで裏付ける。

6. 使用価値計算の数学的正確性を検証する。スプレッドシートの計算式とリンクの正確性を独立した再計算で確認。

よくある間違い

将来の設備投資効果を含めてしまうケース。IAS 36.44は現在の資産状態から生じるキャッシュフローのみを対象としている。将来の改良投資による増分キャッシュフローは除外しなければならない。現場では経営者が「この設備投資はもう取締役会で承認されている」と主張するが、IAS 36.44の趣旨は承認済みかどうかではなく、現在の資産の状態から生じるキャッシュフローかどうか。

税引後割引率を税引前キャッシュフローに適用するミスマッチ。IAS 36のA20項は税引前CFには税引前割引率、税引後CFには税引後割引率の一致を求めている。結論が大きく変わることもあるから、ここは調書で明示しておく。

関連コンテンツ

- 減損テストの基本概念: CGUの識別方法と減損の判定基準について - 公正価値評価ツール: 使用価値と比較する公正価値から売却費用を控除した額の計算 - IAS 36減損会計の完全ガイド: 減損会計の体系的理解

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