目次

1. 改訂基準の評価構造 2. 3つのカテゴリーの疑義事象 3. 経営者の対応策の評価手順 4. 実務例:田中製作所の継続企業評価 5. 実務チェックリスト 6. よくある誤り 7. 関連コンテンツ

改訂基準の評価構造

ISA 570(改訂2024)は評価の順序を根本から変えた。現行実務では、疑義事象と経営者の対応策を一体で評価するチームが多い。改訂基準はこれを物理的に分離させる。

2段階評価の導入

第1段階:事象・状況の識別(監基報570.14〜16)

経営者の対応策をいったん視界から外す。そのうえで疑義を生じさせ得る事象・状況をすべて拾う。これがグロスベースの評価だ。現金不足、債務不履行、主要契約の解除といった事実を客観的に列挙するフェーズ。

文書化要件: 識別した各事象について、発生時期、金額的影響、継続企業への潜在的影響を記載する。

第2段階:対応策の評価と結論(監基報570.17〜20)

第1段階で拾った事象に対する経営者の対応策を評価し、継続企業の前提の妥当性について結論を形成する。

文書化要件: 各対応策の実現可能性、タイミング、十分性について判断根拠を書き込む。

改訂が実務に与える影響

評価ファイルが2つのステップを1つの判断に溶かし込んでいる場合、改訂基準では通らない。「流動性の問題があるが、増資により解決予定」という記載は典型的にアウトだ。まず流動性の問題をグロスで評価し、その後で増資計画の実現可能性を別途検討する構造にする。

施行は2026年12月期以降開始事業年度。早期適用は認められている。

3つのカテゴリーの疑義事象

監基報570.A3は疑義を生じさせる事象・状況を3カテゴリーに分類している。カテゴリーごとに評価の動き方が違う。経験上、このA3リストを頭に入れずにヒアリングに入ると、聞き漏らしが調書の穴になる。

カテゴリー1:財務状況

主な指標: - 流動比率1.0未満 - 純資産の大幅減少または債務超過 - 借入金の期限延長または条件変更の要求 - 配当支払の停止 - 債権者からの期限前弁済要求

評価の動き方: 定量分析が中心となる。直近の財務諸表と今後12ヶ月の資金繰り予測を対比する。

文書化例: 「2024年12月期末現在、流動比率0.73(前期1.24)。運転資金不足23百万円。2025年3月末に借入金45百万円の返済期限到来」

カテゴリー2:営業活動

主な指標: - 主要な従業員の離職 - 重要な仕入先の喪失 - 主要顧客との契約解除 - 特定製品への過度な依存 - 重要な特許・ライセンスの失効

評価の動き方: 事象の代替可能性と影響の持続期間を重く見る。数値化が難しい領域も多い。

文書化例: 「主要顧客B社との契約(売上の35%相当)が2025年6月末で終了予定。代替顧客の獲得状況を別途評価」

カテゴリー3:その他の事象

主な指標: - 借入金の財務制限条項への抵触 - 法的手続の開始 - 法令改正による事業への重要な影響 - 巨額の災害損失

評価の動き方: 事象の確実性と時期を明確化する。条件付き事象なら発生可能性まで踏み込む。

文書化例: 「環境規制の強化により2025年7月以降、現行製造設備での生産継続不可。設備改修に要する資金35百万円の調達方法が未確定」

経営者の対応策の評価手順

監基報570.17は、経営者の対応策について4要素の評価を求める。入所3年目の頃、ここを「経営者ヒアリングの転記」で片付けて審査で吹き飛ばされたことがある。以下の4つを埋めない限り、調書の物語は成立しない。

評価要素1:実現可能性

対応策が実際に回るのか。資金調達計画なら、融資元の確保状況、担保の有無、保証人の資力まで降りて確認する。

評価の視点: 「増資予定」では足りない。引受先、発行価格、払込期日、必要な承認手続の進捗状況まで調書に書き込む。

評価要素2:タイミング

対応策の実行時期が事象の発生時期に間に合うかどうか。短期の資金繰り問題に長期の対応策をぶつけてくるケースでは、つなぎ融資の有無を必ず確認する。

評価の視点: 2025年3月末に45百万円の返済が必要なとき、6月の増資は論理的に間に合わない。3月までのつなぎ融資が確保されているかを見る。

評価要素3:十分性

対応策の規模で識別した問題を解消できるか。複数の疑義事象がある場合、合算して足りるかを見る。

評価の視点: 流動性の問題23百万円、設備改修35百万円、合計58百万円の資金需要に対し、30百万円の増資では届かない。

評価要素4:経営者の意図

対応策を実行する意図が客観的証拠として残っているか。口頭表明だけでなく、取締役会決議、株主総会招集通知等の物証を確認する。

評価の視点: 経営者インタビューの記録だけで終わらせない。融資申込書の提出、投資銀行との契約締結といった実際の行動まで確認する。

実務例:田中製作所の継続企業評価

田中製作所株式会社の概況 - 業種:自動車部品製造業 - 資本金:50百万円 - 売上高:420百万円(2024年12月期) - 従業員数:85名 - 主要製品:エンジン部品(売上の60%)

第1段階:事象・状況の識別

1. 財務指標の悪化 - 流動比率:2024年12月末0.68(前期1.35) - 当期純損失:45百万円(3期連続赤字) - 運転資金不足:32百万円

文書化: 「直近3期連続の当期純損失により、2024年12月期末現在で流動比率0.68となった。今後6ヶ月の資金繰り予測では32百万円の運転資金不足が見込まれる」

2. 営業上の問題 - 主要顧客C自動車との部品供給契約が2025年9月末で終了予定 - 同契約は売上高の55%(231百万円)を占める - 代替顧客の確保が困難な特殊部品

文書化: 「C自動車向けエンジン部品の供給契約(年間231百万円、売上の55%)が2025年9月末で終了予定。同部品は特殊仕様により他社への転用困難」

3. 借入金の問題 - 短期借入金85百万円のうち60百万円が2025年5月末返済期限 - 財務制限条項(流動比率1.2以上)に抵触 - 銀行から期限前弁済を要求される可能性

文書化: 「短期借入金の財務制限条項(流動比率1.2以上)に抵触。2025年5月末返済期限の60百万円について、銀行より条件変更または期限前弁済の検討を求められている」

第2段階:経営者の対応策評価

対応策1:設備売却による資金調達 - 遊休設備の売却予定額:25百万円 - 売却予定時期:2025年4月 - 不動産鑑定による時価:23百万円

監査人の評価: 「売却予定額25百万円に対し不動産鑑定価格23百万円。実現可能性は高いものの、運転資金不足32百万円の全額はカバーできない」

対応策2:新規顧客の開拓 - D社との新規取引交渉中(月間売上見込み8百万円) - 契約締結予定:2025年7月 - 量産開始:2025年10月

監査人の評価: 「D社との契約は基本合意段階。量産開始が2025年10月予定のため、C自動車契約終了(2025年9月末)との間に1ヶ月の空白期間が発生する。売上規模も月間8百万円とC自動車向けの50%程度」

対応策3:増資による資本増強 - 第三者割当増資:50百万円 - 割当予定先:関連会社F商事 - 実行予定時期:2025年6月

監査人の評価: 「F商事からの増資引受内諾書を確認。50百万円の調達により運転資金不足は解消見込みだが、5月末借入金返済に間に合わない。つなぎ融資の確保が必要」

監査人の結論

文書化: 「複数の対応策を総合評価した結果、短期的な資金繰り問題は設備売却と増資で解決見込み。ただし、主力商品の売上減少による収益力低下は根本解決に至らず、継続企業の前提に重要な疑義が存在する」

実務チェックリスト

調書で実行すべき具体手順と文書化要件。この順序で埋めれば、品管からの指摘はおおむね回避できる。ただしこのチェックが繁忙期に飛ばされやすい。

1. 事象・状況の網羅的識別 - 監基報570.A3の3カテゴリー(財務、営業、その他)ごとに検討を文書化 - 各事象について金額的影響と時期を明記 - 経営者の対応策を考慮せずに評価を実施

2. 財務予測の妥当性検証 - 今後12ヶ月のキャッシュフロー予測を月次で検証 - 前提条件の合理性を個別に評価 - 感応度分析の実施(楽観・悲観シナリオ)

3. 経営者対応策の4要素評価 - 実現可能性:第三者との契約書、内諾書等の客観的証拠を入手 - タイミング:事象の発生時期との整合性を確認 - 十分性:対応策の合計額と必要資金の対比表を作成 - 意図:取締役会議事録等の意思決定記録を確認

4. 外部専門家の利用検討 - 法的手続:弁護士の意見書 - 不動産売却:鑑定評価書 - 事業価値評価:公認会計士・不動産鑑定士の評価書

5. 継続企業の前提に関する注記の妥当性確認 - 重要事象の記載内容と監査証拠との整合性 - 対応策の記載と実際の進捗状況の照合 - 監基報570.20に従い、継続企業の前提に重要な疑義が存在する場合の監査意見への影響を評価

よくある誤り

国際的な検査指摘事例から、継続企業評価で繰り返し指摘されるポイントを並べる。レビューで指摘を受ける頻度が高い項目でもある。

- 事象と対応策の混同評価:「資金不足があるが増資により解決」という一体評価は改訂基準でアウト。まず資金不足をグロスで評価し、その後で増資計画を別途評価する構造にする

- 12ヶ月評価期間の誤解:決算日から12ヶ月ではない。監査意見日から少なくとも12ヶ月の評価が要求される。監査意見日が決算日の3ヶ月後なら、実質15ヶ月の評価期間となる

- 経営者陳述書への過度な依存:対応策の実現可能性を経営者の口頭確認だけで片付け、客観的証拠の入手を怠るパターン。融資内諾書、契約書等の書面証拠がなければ調書として成立しない

関連コンテンツ

- 継続企業の前提:監基報570の基本概念と評価の骨格 - 継続企業評価ツール:疑義事象の識別と対応策評価のワークシート - 監査意見の修正:継続企業の疑義が監査報告書に与える影響の実務ガイド

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