目次

1. DAC6・DAC7の規制内容と適用範囲 2. 税務スキーム報告が監査に与える影響 3. デジタルプラットフォーム報告の監査手続 4. 実践例:田中工業の税務透明性対応 5. 監査実務での確認ポイント 6. よくある見落とし 7. 関連情報

DAC6・DAC7の規制内容と適用範囲

DAC6(税務スキーム報告指令)の基本要件

DAC6はEU理事会指令2018/822に基づき、2020年7月から施行されている。報告が必要な税務スキームの判定基準は5つのメインテストと関連する特定の指標で構成される。

メインテスト(Main Benefit Test)は、税務上の便益が主たる便益または主たる便益の一つである取引を報告対象とする。客観的事実と合理的人物基準に基づく主観的評価の組み合わせ。ここが厄介で、監査人としてクライアントの税務ポジションを評価する際、この主観的要素をどう扱うかで調書の深さが変わる。

一般開示義務(General Disclosure)の下で、報告義務を負うのは以下の者になる: - 税務スキームを設計・販売・実施する仲介業者 - 税務スキームを利用する納税者(仲介業者による報告がない場合) - 関連企業間の国境を跨ぐ取引に関与する多国籍企業 - EU域内に恒久的施設を持つ非EU企業

報告期限は最初の実施段階から30日以内。遡及適用により、2018年6月25日以降に最初の実施段階があったスキームも報告対象となる。

DAC7(デジタルプラットフォーム報告指令)の適用範囲

DAC7は2021年12月のEU理事会指令2021/514で導入され、2023年1月から適用されている。デジタルプラットフォーム運営業者は、EU域内の利用者による以下の活動を報告する:

1. 不動産賃貸(総収入€2,000超または30日超の賃貸期間) 2. 個人向けサービス(総収入€2,000超。30回を超える取引では閾値なし) 3. 商品販売(総収入€2,000超かつ30回を超える取引) 4. 輸送サービス(総収入€2,000超。30回を超える取引では閾値なし)

プラットフォーム運営業者はEU加盟国の税務当局に年次報告書を提出し、その報告情報は自動情報交換により他の加盟国と共有される。

税務スキーム報告が監査に養する影響

関連当事者取引の評価手順

監基報550が求める関連当事者取引の識別手順に、DAC6報告義務の有無確認を組み込む。

多国籍グループでは移転価格政策と税務スキーム報告が重複する場合が多い。移転価格文書(ローカルファイル・マスターファイル・国別報告書)にDAC6報告対象取引が含まれていないか、この確認を怠るとリスクの識別漏れにつながる。

以下の取引類型は特に見落としやすい: - 知的財産権の移転・ライセンス契約 - 費用分担契約(Cost Sharing Agreement) - 本社機能の統合・分離 - 金融取引(貸付・債務免除・ハイブリッド金融商品)

監査手続の具体化

監基報550.A28は関連当事者取引の事業上の合理性を評価するよう求めている。DAC6報告対象取引では、事業上の合理性に加えて税務上の主たる便益(Main Benefit)の存在を検討する。正直、このMain Benefit Testの判定は税務アドバイザーでも見解が割れることがある。

取引の実質を理解するために査閲すべき文書は以下のとおり: - 取締役会議事録(取引承認の経緯) - 税務アドバイザーからの意見書 - DAC6報告書(既に提出済みの場合) - 移転価格文書における当該取引の記載

継続企業の前提への影響

監基報570.A3は、継続企業の前提に疑義を生じさせる事象として「法的手続」を挙げている。DAC6報告後の税務調査リスクもこの枠組みで考える。

DAC6報告が自動的に税務調査を招くわけではない。ただし報告情報は加盟国間で共有される。報告対象企業について評価すべきリスクは時間軸で整理すると見通しがよい。

12か月以内のリスクとしては、報告義務違反に伴う制裁金(加盟国により異なるが通常€5,000~€1,000,000)、追加の情報提供要求と対応コスト、既存の税務ポジションに対する再検討圧力がある。

12か月超の中長期リスクはより構造的な問題になる: - 複数国による協調的な税務調査 - 移転価格税制の適用強化 - 租税回避防止規則(ATAD)の適用 - レピュテーションリスク

デジタルプラットフォーム報告の監査手続

プラットフォーム経済参加企業の収益認識

監基報315.31は、新しい会計基準や規制要件をリスク識別手続に含めるよう求めている。DAC7によってデジタルプラットフォーム取引の税務情報が自動的に各国税務当局へ流れるようになり、収益認識リスクの構造自体が変わった。

個人事業主・小規模法人のプラットフォーム収益

従来、プラットフォーム経由の収益は税務当局による把握が困難だった。DAC7の施行後、年間€2,000超の収益(または30回超の取引)は自動報告の対象。

監査対象企業がプラットフォーム経済に参加している場合、検討すべき論点は4つある。プラットフォーム収益の網羅性(DAC7報告範囲との整合性)、課税所得計算の正確性(プラットフォーム手数料の取扱い)、付加価値税(VAT)申告の適正性、そして報告閾値を下回る取引の税務処理。

プラットフォーム運営企業の統制環境

DAC7報告義務を負う企業では、利用者情報の管理体制が監査上の統制ポイントとなる。

ISAE3402に準拠したサービス組織の統制報告書がある場合、DAC7報告プロセスが統制範囲に含まれているか確認する。含まれていなければ独立した統制テストを実施する。

実践例:田中工業の税務透明性対応

田中工業株式会社(架空企業)は工作機械製造業。連結売上高420億円、従業員2,800名。欧州3カ国(ドイツ・フランス・オランダ)に製造・販売子会社を展開し、2023年から知的財産権のライセンス体系を再構築している。

DAC6報告対象取引の識別

文書化ノート:関連当事者取引一覧表にDAC6該当性を追記

日本本社から欧州統括会社(オランダ)への特許権移転を実施。簿価12億円、移転価格評価額28億円。移転価格税制上は独立企業間価格として正当化されているが、移転後の実効税率は日本の23.2%からオランダの15.0%(イノベーションボックス適用)に低下した。

メインテスト適用の結果、税務上の便益(8.2%の実効税率低下)が取引の主たる便益の一つと判定。DAC6報告義務が発生。

監査リスクの評価

文書化ノート:重要性の算定に税務調査リスクを考慮

報告期限(取引実行から30日)を超過しており、オランダ税務当局への事後報告となった。制裁金リスク(最大€830,000)と追加調査リスクの評価が必要になる。

継続企業の前提への影響は軽微と判断した。制裁金は最大でも連結純利益の0.6%にとどまり、追加調査コストは過去事例から年間30~50百万円程度の見込み。

内部統制の評価

文書化ノート:IT全般統制の評価に税務報告システムを追加

DAC6報告プロセスは手作業ベース。税務部門(3名)が四半期ごとに関連当事者取引を洗い出し、外部税務アドバイザーと共に報告要否を判定していた。

統制の不備は明確で、報告期限の管理が機能していない。取引実行部門から税務部門への情報伝達に最大45日のタイムラグが生じており、30日の報告期限を構造的に超過する仕組みになっていた。改善提案として月次の情報共有プロセス導入を挙げた。

DAC6報告遅延は軽微な不備として調書に記録し、制裁金引当金計上の要否については経営者と協議。見積可能性の問題から引当金不計上が妥当という判断に落ち着いた。

監査実務での確認ポイント

以下のチェックリストは実際の監査業務で使える形にしてある。

1. 関連当事者取引調書の拡張。監基報550に基づく関連当事者取引の識別で、DAC6・DAC7該当性を併せて評価する。移転価格文書との突合で報告対象外取引の見落としを防ぐ。

2. デジタル収益の完全性テスト。プラットフォーム経由収益がある場合、DAC7報告閾値(€2,000または30取引)を基準に分析的手続を実施する。報告対象収益が財務諸表に計上されているか確認。

3. 税務引当金の妥当性検討。DAC6報告義務違反に伴う制裁金リスクを税務引当金の算定に含める。各国の制裁金体系は大きく異なるため、現地税務アドバイザーの意見書を入手する。

4. IT統制の評価範囲拡張。DAC7報告義務を負う企業では、利用者データの管理・報告プロセスをIT全般統制の評価対象に含める。データの真正性、完全性、適時性、正確性に関する統制がポイント。

5. 継続企業評価での税務リスク考慮。監基報570.A2に従い、DAC6・DAC7関連の税務調査リスクを継続企業の前提の評価に含める。ただし報告義務自体は継続企業に疑義を生じさせる直接的要因ではない。

6. 報告書提出状況の管理簿記録と実際の提出実績との照合。これが最も見落とされやすい。

よくある見落とし

- 主観的テストの軽視。DAC6のメインテストは客観的指標だけでなく、合理的アドバイザーによる主観的評価も含む。取引の外観のみで判断すると報告義務を見落とす。 - 遡及適用期間の失念。2018年6月25日以降のスキームも報告対象。知的財産権の移転や再編取引では実施期間が長期に及ぶため、この期間を見逃しているケースが繁忙期に集中する。

関連情報

- EU税務透明性用語集: DAC指令の基本概念と監査への影響 - 関連当事者取引チェックリスト: DAC6報告要否の判定機能付き - 継続企業評価ツール: 税務調査リスクの定量評価機能

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